『うしおととら』は、藤田和日郎先生が『週刊少年サンデー』で1990年から1996年にかけて連載した少年漫画で、「うしとら」の愛称で親しまれています。単行本、文庫版、完全版が刊行されており、累計発行部数は2500万部、累計販売数は3000万部を突破する人気作です。1992年にはOVA化され、原作完結から約20年後の2015年にはテレビアニメ化もされました。藤田先生にとって初の連載作品であり、初のテレビアニメ化作品でもあります。
物語は、主人公の中学生・蒼月潮が、自宅の寺の蔵で500年間「獣の槍」に縫い留められていた大妖怪・とらと出会うことから始まります。当初はとらを危険視していた潮ですが、幼馴染が妖怪に襲われたことをきっかけに獣の槍を引き抜き、とらと共に妖怪と戦う運命に巻き込まれていきます。物語は、人間と妖怪の間に芽生える深い絆を軸に、多くの登場人物たちのエピソードが複雑に絡み合い、最終盤に向けて壮大なスケールで収束していく構成が特徴です。
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h3>主要登場人物
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- 蒼月 潮(あおつき うしお) 中学2年生。寺の住職の息子。自宅の蔵で500年間「獣の槍」に縫い留められていた妖怪「とら」と出会う。嘘が下手で真っすぐな性格。誰かのために自らが傷つくことを厭わず戦いに身を投じる少年漫画の主人公らしい性格で、その強さと優しさで人間だけでなく多くの妖怪をも惹きつける。運動神経は抜群だが、美術部で絵を描くことは壊滅的に下手。
- とら 潮の家の蔵に500年間封じられていた大妖怪で、年齢は2000歳を超える。潮に解放された際に、その姿から名付けられた。当初は潮を喰らおうとするが、獣の槍を持つ潮を簡単には喰えず、共に厄介事に巻き込まれながら戦ううちに深い絆を育む。雷と炎を操り、人に化けたり策を練ったりと多才な能力を持つ。真由子にもらったハンバーガーが大好物。
- 中村 麻子(なかむら あさこ) 潮の幼馴染であり、真由子の大親友であるヒロインの一人。気が強く活発な少女で、潮以外には親切で優しい。潮に対しては愛情の裏返しで素直になれない一面があるが、潮を心から大切に思っている。霊力などの特殊な力は持たないものの、持ち前の運動神経と空手で数々の危機を乗り越え、「ただ者じゃない」ととらに言わしめるほど。
- 井上 真由子(いのうえ まゆこ) 潮の幼馴染で麻子の大親友であるもう一人のヒロイン。おっとりのんびりとしたマイペースな性格だが、いざという時には困難に立ち向かう強い意志を持つ。潮のことが好きだが、大好きな麻子のために身を引く健気さを持つ。物語に深く関わる血筋を持ち、妖怪との事件に巻き込まれ、とらにとって「うしおの次に喰う、でざあと」という重要な存在となる。
- 白面の者(はくめんのもの) 『うしおととら』の最強かつ最悪の敵であり、ラスボスにあたる九つの尾を持つ白い巨大な妖怪。昔、わだかまった陰の気から生まれ、陽の気から生まれた人間などを憎み、殺戮と苦しめることを喜ぶ。人や妖怪たちの恐怖を喰らい、さらに強大になっていく恐ろしい存在。自身の分身や婢妖(ひよう)を使って潮たちを襲撃する。
- 蒼月 紫暮(あおつき しぐれ) 潮の父親であり、寺の住職を務める。その真の姿は日本を妖怪から守る最強レベルの法力僧である光覇明宗の一員。普段はひょうきんで適当に見えるが、潮を心の底から信頼し、陰から支える力強い父親。かつては「獣の槍」の伝承者となるべく修行に励んだ過去を持つ。
- 獣の槍(けもののやり) 単なる武器ではなく、物語の中心的な存在。2000年以上前、中国で白面の者を倒すために、両親を殺された兄妹(兄はギリョウ、妹はジエメイ)が命を賭して作り上げた。ジエメイが溶鉱炉に身を投じ、ギリョウが槍の刃を鍛え、彼自身も憎悪から槍の柄となって一本の槍となった。この槍は意思を持ち、使う者の魂を奪い獣に変える代償に、強大な戦闘能力を与える。
獣の槍と物語の展開
物語の鍵となる「獣の槍」は、中国の伝説から着想を得ており、白面の者に両親を殺された兄妹の命と憎悪から生まれた武器です。この槍は意思を持ち、どんな妖怪も切り刻む力を持ちますが、代償として使い手の魂を奪い、全てを奪われた者は「字伏」と呼ばれる獣と化します。
潮ととらの旅は、周囲に現れる妖怪を退治し、様々な問題を解決していくことから始まります。とらは最初は潮を喰らうことしか考えていませんが、潮が厄介事に首を突っ込むたびに「潮を喰うのは自分だから」と共闘し、徐々に絆を深めていきます。
旅の途中で、潮は自身の母が妖怪から憎まれながら生きていることや、父・蒼月紫暮が所属する妖怪から日本を守る仏教団体「光覇明宗」との確執、そして大妖怪・白面の者と日本妖怪たちの戦いの真実を知ることになります。北海道への旅路では、獣の槍の使いすぎで魂を削られ、一度は獣になりかけますが、彼を思う人々(特に麻子)に救われます。
旅を終えてからも、潮ととらの周りには妖怪がらみの問題が続き、人間と妖怪それぞれの不和に翻弄されます。アメリカの対妖怪組織「ハマー機関」からの襲撃なども受けますが、強い信念を持つ潮を中心に、妖怪も人間もまとまりを見せ始め、「希望」となっていきます。
しかし、白面の者は、潮ととらに関わった者たちから二人の記憶を消し去ることで「希望」を絶とうとします。記憶を失い孤立する潮ですが、とらは彼を覚えており、たった二人で立ち向かおうとします。最終的に、砕け散った獣の槍の欠片が、潮の旅に関わった人々の絆と記憶を呼び覚ますことで再び集結し、人間と妖怪の全勢力が潮・獣の槍・とらを中心に結集し、白面の者との最終決戦へと突入します。
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作品の魅力と影響
『うしおととら』の最大の魅力は、藤田和日郎先生の作品に共通する「広げた風呂敷を畳むのがお見事」という構成力にあります。旅路での出会いや出来事が、全て最後の戦いに繋がっている点が読者から高く評価されています。
また、主人公・潮の人間性も読者の心を掴みます。泥まみれになりながらも、誰かのために心から涙を流し、命を懸けて戦うその真っ直ぐな姿は、多くの人間や妖怪、そして読者に勇気と元気を与えます。作中には、人間の理不尽さへの謝罪と共感を表す潮の言葉、潮への深い愛情と信頼を表現する麻子の言葉、人生の苦しい時期に希望を与える紫暮の言葉など、心に残る名言が多数存在します。
特に、最終決戦後のとらの言葉は、多くの読者の涙を誘いました。とらは常に「いつか潮を喰ってやる」と言い続けていましたが、共に過ごした時間の中で潮から得た友情や経験こそが、彼にとって最高の「喰い物」だったことが示唆されます。
『うしおととら』は、その表現技法においても多くの漫画家に影響を与えています。目力の強さ、叫んでいる場面での縦線のエフェクト、目がギラギラする描写など、独特の演出は現代少年漫画の基礎を作ったと言われるほどです。雷句誠先生や荒川弘先生など、多くのアシスタントや漫画家が藤田先生から影響を受けたことを公言しており、その影響は絵柄だけでなく、キャラクターの感情表現やストーリー展開の仕方にも強く感じられます。