「名前のない怪物」が問いかける、命の重みと虚無の正体――『MONSTER』全編徹底レビュー
私たちは、自分の命と他人の命を天秤にかけることができるでしょうか。あるいは、救ったはずの命が「怪物」であったなら、その責任をどう取るべきなのでしょうか。ドイツ・チェコを舞台に、東西冷戦の影を色濃く反映させたサスペンスの傑作『MONSTER』。本作が描くのは、一人の外科医が直面した究極の倫理的選択と、そこから始まった終わりのない逃亡劇です。
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① 運命の選択から始まる、美しくも残酷なあらすじ
1986年:デュッセルドルフに落ちた一滴のインク
物語の幕開けは、1986年の西ドイツ。主人公のDr.テンマ(天馬賢三)は、アイスラー記念病院で将来を嘱望される天才外科医でした。彼は院長の娘エヴァと婚約し、地位も名誉も手に入れる目前にいました。しかし、その輝かしいキャリアの裏で、病院内には「有力者の命を優先する」という腐敗した権力構造が根付いていました。
ある夜、テンマのもとに、頭部を銃で撃たれた少年ヨハン・リーベルトが運び込まれます。ほぼ同時に、有力者である市長も脳卒中で搬送されてきます。院長は市長の手術を優先するよう命じますが、テンマは以前、後回しにされたトルコ人労働者が死亡した一件で深い後悔を抱いていました。「すべての命は平等である」――その信念を貫き、彼は市長を捨てて少年の命を救いました。
結果、少年は一命を取り留めましたが、市長は死亡。テンマは出世街道から転落し、エヴァからも見放されます。しかし、その直後に奇妙な事件が起こります。テンマを陥れた院長ら上層部が毒殺され、少年ヨハンと、ショック状態で搬送されていた双子の妹アンナが忽然と姿を消したのです。
1995年:怪物の覚醒と逃亡の始まり
それから9年後、外科部長となったテンマの前に、成長したヨハンが姿を現します。ヨハンはテンマの目の前で、ある殺人犯を躊躇なく射殺し、9年前の院長殺害も自分がテンマのために行ったことだと告げます。
テンマは戦慄します。自分が救ったのは一人の少年ではなく、他者の心を操り死へと誘う「怪物」だった。殺人犯をこの世に蘇らせてしまったという深い罪悪感。医師としての使命である「命を救うこと」が、結果として多くの命を奪うことになったという逆説。彼は、自らが解き放った怪物を自らの手で葬るため、地位も名誉も捨て、一丁の銃を手にドイツ全土を渡る旅に出ます。
一方、警察は一連の事件の犯人をテンマだと断定します。特にBKA(ドイツ連邦捜査局)のルンゲ警部は、ヨハンという存在はテンマが生み出した二重人格であるという仮説を立て、執拗に彼を追い詰めていきます。
闇の根源へ:511キンダーハイムと絵本の謎
テンマはヨハンの足取りを追う中で、旧東ドイツに存在した特殊孤児院「511キンダーハイム」の存在に辿り着きます。そこは、子供たちの感情を奪い、共産主義の完璧な指導者へと改造するための非人道的な実験場でした。ヨハンはこの地獄で、教官や生徒たちを互いに殺し合わせ、施設を壊滅させた過去を持っていました。
しかし、物語はさらに深い闇へと潜っていきます。ヨハンの行動の指針となっているのは、不気味な絵本『なまえのないかいぶつ』でした。作者はフランツ・ボナパルタ。彼はプラハの「赤いバラの屋敷」で、子供たちの人格を破壊し、作り替える実験を行っていた人物です。
ヨハンはこの絵本に描かれた通り、名前を捨て、自分を知る者をすべて消し去ることで、世界の終焉に一人で立つ「完全なる自殺」を目論んでいました。
クライマックス:ルーエンハイムの「終わりの風景」
物語の終着点は、ドイツの辺境にある静かな村、ルーエンハイム。ボナパルタが隠棲していたこの村で、ヨハンは最後の惨劇を仕掛けます。住民同士が疑心暗鬼に陥り、互いに銃を取り合う地獄絵図。
テンマ、ニナ(アンナ)、ルンゲ、グリマーといった主要人物が集結する中、雨の降る村で「怪物」との決着が図られます。ヨハンはテンマを挑発します。「僕を撃て。君が撃たなければ、僕がこの子を殺す」。医師としての信念と、怪物を止めるための殺意の間で揺れるテンマ。しかし、事態は予期せぬ形で幕を閉じ、ヨハンは再び頭部に重傷を負って倒れます。
結末:救済か、あるいは再びの呪いか
テンマは再びヨハンの命を救いました。三たび手術を行い、彼をこの世に繋ぎ止めたのです。事件後、テンマの無罪は証明されましたが、彼は最後にヨハンの母親の記憶に触れます。
「お母さんは、僕を守ろうとしたの? それとも僕と妹を間違えたの?」 母親が双子のうち一人を実験に差し出す際、どちらを差し出すか迷ったという事実。その瞬間、自分が「選ばれなかった」のか「選ばれた」のか、その曖昧な拒絶がヨハンの虚無の始まりでした。
物語のラストシーン、意識を取り戻さないままのヨハンがいたベッドは、空っぽになっていました。彼が消えたのは、新たな惨劇の始まりなのか、それとも呪いから解放された一人の人間としての旅立ちなのか。その解釈は、読者それぞれの手に委ねられています。
② 物語を彩る深遠なキャラクターたち
本作の魅力は、主人公だけでなく、脇を固める人々がそれぞれ「自分の人生」を懸命に生きている点にあります。
ケンゾー・テンマ(天馬 賢三)
本作の「光」を象徴する存在です。彼は聖人君子ではありません。ヨハンを殺すために射撃の訓練を積み、復讐心に燃える時期もありました。しかし、どんなに追い詰められても、目の前で怪我をした人間がいればメスを握ってしまう。その「医師としての本能」こそが、ヨハンの虚無に対する唯一の抗いとなっていました。
ヨハン・リーベルト
「美しき怪物」。彼は暴力によって人を支配するのではなく、言葉と沈黙によって相手の心にある「闇」を引き出します。彼の存在は、社会が作り出した歪みの結晶であり、同時に誰の心にもある「虚無」の擬人化でもあります。
ニナ・フォルトナー(アンナ・リーベルト)
ヨハンの双子の妹。兄と同じ地獄を経験しながらも、彼女は愛する養父母や周囲の善意によって正気を保ちました。彼女が兄を止めるために選んだのは「許すこと」でした。ヨハンとの対比において、人間の持つ強さと回復力を象徴しています。
ハインリッヒ・ルンゲ
論理と記憶の権身。指を動かして「脳内コンピュータ」に情報を入力する姿が印象的ですが、彼は物語を通じて最も人間味を獲得していった人物でもあります。当初は機械的にテンマを追っていましたが、家族を失い、自分の過ちを認める過程で、一人の人間としての矜持を取り戻します。
ヴォルフガング・グリマー
『MONSTER』という作品の中で、最も愛されていると言っても過言ではないキャラクターです。511キンダーハイム出身で、感情を失った彼は、常に「作り笑い」を浮かべています。しかし、その内側には誰よりも深い慈愛が眠っていました。
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③ 特殊能力と忘れられない名エピソード
本作は超能力バトル漫画ではありませんが、キャラクターたちが持つ「異常なまでの特性」や、心に深く突き刺さるエピソードが数多く存在します。
特殊能力(あるいは特筆すべき資質)
- ヨハンの「心理誘導」: 彼に特殊なパワーはありません。しかし、相手のトラウマや欲望を的確に突き、自死や共食いへと導くその言動は、どんな超能力よりも恐ろしいものです。彼は「ただ隣に座って話を聞くだけ」で、何十年も平和に暮らしてきた人々を殺人鬼に変えてしまいます。
- ルンゲの「データ入力」: タイピングをするような指の動きで、見聞きした膨大な情報を脳に刻み込みます。この能力により、彼は事件の些細な矛盾を突きますが、同時に「データにないものは存在しない」という彼の限界も示していました。
- グリマーの「超人シュタイナー」: グリマーが極度の緊張や危機に陥った際、感情と共に抑え込んでいた攻撃性が爆発する別人格です。かつての東ドイツで作られたテレビ番組のヒーローの名を冠したこの人格は、凄まじい戦闘能力を発揮しますが、グリマー自身はその間の記憶がありません。
心に残る有名エピソード
- 『なまえのないかいぶつ』の読み聞かせ: ボナパルタの絵本の内容が、物語の進行とリンクしていく演出は圧巻です。「名前を欲した怪物は、自分の中に他者を取り込んでいく。しかし、最後に名前を手に入れたとき、自分をその名前で呼んでくれる者は誰もいなくなっていた」。これはまさにヨハンの人生そのものの暗示でした。
- グリマーの最期と「涙」: ルーエンハイムでの虐殺を食い止めるため、グリマーは致命傷を負います。死の間際、彼はかつて息子が死んだときにさえ感じられなかった「悲しみ」をようやく自分のものとして取り戻します。「人間は感情をなくしてはいけないんだ」と涙を流しながら死んでいく彼の姿は、本作屈指の号泣シーンです。
- マルティンの覚悟: エヴァの護衛をしていた組織の男・マルティン。彼は「人は皆、死にたがっている」という虚無的な世界観を持っていましたが、エヴァの孤独に触れ、彼女を守るために命を懸けます。「誰も死にたがっちゃいないんだ!」という彼の叫びは、ヨハンの「終わりの風景」に対する真っ向からの否定でした。
最後に:本当の怪物とは誰か
物語を読み終えた後、私たちは問いかけられます。「本当の怪物は、ヨハンだったのか?」と。
ヨハンを怪物に作り上げた511キンダーハイムの大人たち。双子のどちらかを選ぶことを強いられた母親。そして、他者の不幸に無関心な社会。ヨハンはそれらの闇が凝縮されて生まれた現象に過ぎないのかもしれません。
しかし、テンマは最後まで「救うこと」を諦めませんでした。たとえそれが報われない善意であっても、一人の命を全力で繋ぎ止めること。その意志こそが、虚無という名の怪物を打ち倒す唯一の武器であることを、この作品は教えてくれます。
1990年代の空気感を纏いつつ、現代にも通じる普遍的なテーマを扱った本作。まだ未読の方は、ぜひその深い霧の中に足を踏み入れてみてください。そこには、忘れがたい衝撃と、静かな感動が待っています。

